心の旅・遠くへ行きたい 1

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zoom RSS 歌の旅・精霊流し

<<   作成日時 : 2007/01/31 15:47   >>

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さだまさしがこの曲をリリースしたのは1974年。
当時グレープとして活動していました。
長崎出身の彼はお盆の行事で、従兄弟が精霊船に乗せて死者を送るられる行事を見て、この曲を作ったという。

長崎の精霊祭りは中国文化の影響を受けて、銅鑼や太鼓に爆竹が鳴るなど、大層華やかなものらしい。
しかしさだの作った精霊流しのイメージは、静かに死者を送るような感じで聞こえてくるので、見に行った観光客からはイメージが違うじゃないかの声もあるそうです。


画像

Oldマザーさんより写真をお借りしました


        


私事になりますがこの曲には想い出があります。
入院しているお袋を見舞った帰り、カーラジオからこの曲が流れてきた。
いつもの調子で一緒に歌っていたら、思わずお袋の顔を思い出した。

いつ火が消えても可笑しくないほど小さくなったお袋
仏さんのような穏やかな顔になったお袋を思い出したら、涙が出てきてしかたがなかった。


           
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この写真はお借りしました



どなたにも母親の想い出があります。
戦時中の何も食べるものがない時代、僅かに残った自分の着物を持って、農家を訪ね米や野菜に交換してもらった話、そんな苦労の連続の中で子供を育て上げたこと、そんな事を頭に浮かんでくると、親孝行の一つもしてやったかと思うと、もうアキマヘン。

車の中は幸い一人。
妻も子供の乗っていない
・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・・・・




画像

Oldマザーさんより写真をお借りしました



        


親孝行は生きている内にしたらと言いますが、なかなか出来るものじゃない。
気が付いたときはお袋も年老いている。
優しい言葉の一つくらいしか、かけてやれなかったなあ

死んでしまったらもうそれまで
何かをしてやろうとしても、出来るはずがない。
もうチョッと生きてや〜もうチョッとだけでも生きてやの願いしかない。


        
そんな願いが通じたのか、少し持ち直しましたが、それもホンの間だけ。
やがて少しずつ少しずつ命の火が細くなっていった。

94才でなくなって、今年で15年目になりました。
生きていたら金さん銀さんと余り変わらない。





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コメント(36件)

内 容 ニックネーム/日時
 ご無沙汰ごめんです。この歌は私も彼の「秋桜」の次に好きです。
 遠い昔…「長崎の精霊祭り」と云う歌がありました。鶴田六郎という歌手の歌でかんりテンポの速い陽気な感じの歌でした。
 「あーあああー、ちゃんこん チャンコン…あと2回…
      どい どい どい どーい精霊まーつーりー ♪
といった感じ…意味は不明…旅人さんの云われるように、さざまさしとは大違いでした。記事で思い出しましたので…
 今日は長浜盆梅展見てカモスキ食って来ました。湖畔は春の陽気でした。


たそがれ
2007/01/31 20:09
たそがれさん毎度〜。
ワテも覗きに行かないで、スンマヘンなあ

鶴田六郎ですか
知りまへんなあ
この辺りの話は、もしかしたら伊藤氏の出番だと思います。
あの方は歌もよく知っている方ですから、詳しい話が期待できるでしょう。

長浜盆梅展ですね。
盆梅には行ったことがないなあ
そのかわり黒壁スクエアには行きました。
今は山内一豊も一緒に見られるのでは。

カモスキですか。
宜しいなあ
最近は新潟から取り寄せと聞いています。
琵琶湖に一杯おるのにね。
風の旅人
2007/01/31 20:19
風さんこんばんは。
私もこの歌を聴くと、66歳で亡くなった母の事を思い出して、涙が止まりません。もう20年も経つのに、病院に駆けつけた時の悲しみが蘇ります。
何一つ親孝行しなかった娘です。涙を流して詫びる事しか出来ません。

この歌を聴いて同じ気持ちになる人が居るんですね。
歌い継がれるものには、魂があるのかもしれません。
無縁坂も好きで歌いますが、これも声がかすれてしまいます。
sayuri
2007/01/31 20:56
sayuriさん今晩は
この歌から同じ思いを感じられるのですね。
何年経っても母には感謝しかないですよ。

66才は若いですよ。
まだまだしたいこと一杯でしょう。
孫の顔も見たかったと思いますね。

無縁坂を取り上げるか、この精霊流しを取り上げるか迷いました。
どちらも好きな歌です。
特に2番が良いなあ

♪いつかしら僕よりも 母は小さくなった
 
 知らぬ間に白い手は とても小さくなった
 
 母はすべてを 暦に刻んで 流してきたんだろう
 
 悲しさや苦しさは きっとあったはずなのに
 
 運がいいとか 悪いとか 人はときどき口にするけど
 
 めぐる暦は 季節の中で 漂いながら 過ぎて行く
 
 忍ぶ不忍(しのばず)無縁坂 噛み締めるような
 
 ささやかな僕の 母の人生
風の旅人
2007/01/31 21:12
私も鶴田六郎は知りませんねぇ・・まぁ、少しは調べてみましたけど、
この歌手は第一回紅白歌合戦(1951年)に出場してますね。
なんと申しましても、私の三つの時ですから、(笑)

ついでに、たそがれさんのブログを覗かさして戴いたんですが、歌謡史に
於いて、中々造詣の深い御方のようですネ。火曜日=歌謡日・・これまた
面白い!(笑)

伊藤
2007/01/31 22:16
流石に伊藤のオッチャンや。
確かに第一回の紅白の出場歌手におりまんなあ

ちなみにこの時のメンバー
(初)菅原都々子/憧れの住む町
(初)鶴田六郎/港の恋唄
(初)暁テル子/リオのポポ売り(ミネソタの卵売り?)
(初)林伊佐緒/銀座夜曲(ダンスパーティーの夜?)
(初)菊池章子/母紅梅の唄
(初)近江俊郎/湯の町エレジー
(初)赤坂小梅/三池炭坑節(浅間の煙?)
(初)鈴木正夫/常磐炭坑節
(初)松島詩子/上海の花売娘
(初)楠木繁夫/紅燃ゆる地平線(柴匂う地平線?)
(初)二葉あき子/星のためいき
(初)東海林太郎/赤城かりがね
(初)渡辺はま子/桑港のチャイナタウン
(初)藤山一郎/長崎の鐘

鶴田六郎さんは第三回の時に、この「長崎の精霊祭り」を
歌っておりますなあ

たそがれさんのブログも覗かれたのですか。
宜しいでっしゃろ。
風の旅人
2007/01/31 22:26
 再度コメント失礼です。
 鶴田さん…やはり実在してましたか…よかったです。(冷や汗)
 私の中学校ぐらいですわで、その第一回はいつでしたかな?

 伊藤様/旅人様 見て下さったそうでおおきに…です。
 私の仲間は「花作り」好きな女性が多くて「毎日が花曜日」と云う人気ブログをもじって「華曜日」(花)「歌曜日(歌)稼曜日(会社)
果曜日(菜園・畑)暇曜日(休日)まだ足りないので渦曜日(腹立て日)
もう一日足りないので、真夏になれば「蚊曜日」が…??
 私も女性向けに「叙情歌謡」をネタに、旅人さんと似たことやってます。
 
  旅人様   黒壁館…10年ほど前に行きました。
 空想旅行もやりたいのですが、今度はスマートにやりたいですね。
 今日は「中国残留孤児訴訟判決に思う」と云う、朝〇新聞みたいな「社説」を出しました。当然の事ながら反応今ひとつですので、出来ればご意見戴ければ感謝です。

 
たそがれ
2007/01/31 23:36
この時期に花火の写真も、何かいいですね〜
新鮮に思えます・・・
両親が亡くなる・・・?
何かまだ想像できないな〜
親孝行っていうより、まだ自分のことで精一杯ってかんじ・・・
そろそろ考えなきゃいけないんかな?
ミイ
2007/01/31 23:58
たそがれさん 再訪問歓迎ですよ。

今日の残留孤児問題、もう腹立たしいですね。
痛みを知らない政治家ども、戦後60年も経っているのに、何ら改善策も援助もない。

彼らの肉親も殆ど高齢化している。
急がないと間に合わない。
何とかして欲しいですね。

ワテも判決を見て、腹立たしい思いで一杯です。
硬派の問題提起、大賛成です。
自分の意見を述べるのも、ブログの魅力です。
これからも期待しています。
風の旅人
2007/02/01 00:13
ミイさん今晩は
若いミイさんだから、ご両親はまだまだ若い。
もしかしたらワテらと同じくらいでは。

親孝行したいときに親はなしと申しまして、子育て中には親に甘えっぱなし。
場合によってはジジババが孫を育てている有様。

我が家の娘も間もなく、三人目を出産予定。
今から期待されていますが、親はこき使うものと思っているようです。

そうしてみんな親に頼んできたわけです。
順繰りですからそれはそれで良いのですが、我々もやがて旅立ってしまう。

親孝行なんてしたかなあ?
思い出しても何もしていないと思う。
そんなもんですよ。
アッと思ったときは、ハイサヨナラでしょうね\^o^/
風の旅人
2007/02/01 00:19
この間、さだまさしさんの同名小説を読みました。さださんのご両親への思いがひしひしと伝わって来ました。この音楽をふと耳にする時、ストーリーが甦ってきます。良い曲ですね。
はこふぐ
2007/02/01 09:04
風さん♪
おはようさん。今、朝食〜お味噌汁と塩しゃけ…

この歌、好いねえ…名曲だ。じーんときちゃいます。
歌は癒されますね。ソナチネは日本の唱歌とか童謡なんかも
大好きです。時々本田路津子さん聞いてます。♪
ソナチネ
2007/02/01 09:06
この唄の意味を・・・若い頃は、全然知りませんでした。
精霊流しって・・一体、ナンなんだろう・・って。。感じでしたね。
最近は、歌詞の意味を知ってから、好きになる唄が増えましたね。。

私の母は、健在ですけど・・今からでも親孝行しないといけませんね。
みるきぃ
2007/02/01 11:50
さだまさしさんの歌には、肉親や友人をうたったいい歌が多いですね。
『精霊流し』『無縁坂』『秋桜』そして『案山子』・・・『案山子』は弾き語りしてると、いつも胸がつまって歌えなくなります。
きっと彼自身が愛情あつく、ひとを大切にする方なのでしょう。
さだまさしさん著作の小説『眉山』が映画になり、夏に公開されます。末期ガンの母を看取る娘を主人公に、母娘の愛情を描いた作品です。徳島でロケが行われたんですよ。風の旅人さんもぜひ観てください♪
ねこまっく
2007/02/01 12:11
こんにちは
お久しぶりです\(~o~)/
花火がスゴ〜〜〜〜イオオーw(*゚o゚*)w
さだまさしさんはいい歌歌いますよね〜
あの方の歌は全部好きです(^^♪
PAN
2007/02/01 15:26
はこふぐさん コンチャ
同名小説ありますね。

ワテの田舎では16日にお寺に行ってお参りして、施餓鬼参りの行事があります。
精霊流しの行事はないですね。
風の旅人
2007/02/01 15:43
ソラチネさん毎度でおます
朝ご飯のおかず、我が家とよく似ています。
昨日からの残り物ですが、小芋の煮っころです\^o^/

さだまさしの歌を何曲か歌いますが、どれもいいですね。
映画「北の国」のテーマソングも彼の作曲ですが、クラシックにも造詣が深いなあ
風の旅人
2007/02/01 15:48
みるきぃさん今日は
今日は冷えてきましたね。
各地で雪便りを聞くのではないでしょうか。

みるきぃさんの年齢からすると、さだの作品はおじさん臭いでしょう(笑)
しかし我々の年代にはビンビン響くものがあります。
「親父の一番長い日」なんて生きてきた歴史ですよ\^o^/
共感が湧く作品だけに、多くの方に愛されるのでしょう。
風の旅人
2007/02/01 15:52
ねこまっくさん今日は
徳島も冷え込んでいるのでは。
先に作品を幾つも並べられると、次回の紹介に影響が出るなあ(笑)
まあそれは冗談として、「秋桜」の作品は娘を嫁がすとき、この曲はグッと来ました。

本当は「案山子」の心境になりたかったが、息子は自宅通勤のままで、親の心配は別の方に。
誰か「嫁取り物語」でも作ってくれんかなあ(゚_゚i)タラー
我が家の唯一の悩みですわ。
風の旅人
2007/02/01 15:58
PANさん毎度〜でおます

さだ作品はどれもいいね。
ボイトレのPANさんだから、何でもこなすでしょう。

ワテがサダ作品で歌いきれないのが、「風に立つライオン」ですが、キーがどうもあわないし、途中で音が外れてしまう。
この曲はスケールが大きく、好きな曲の一つです。
風の旅人
2007/02/01 16:02
私達の世代の母親は、自分のことは後回しにしても、子供の為に
という感じの人が多かったように思います。
私の母もそうでしたし、同居している姑もそうです。
小学生の頃、尊敬する人はと聞かれて、すぐさま“お母さん”
と答えたものです。
亡くなった今でも、そんな母を愛しく思い出します。
昨今、自分達の生活を楽しむために、子供は持たないとか、
言うことを聞かないと、せっかんして、殺してしまうとかいう
ニュースを耳にします。一部であって欲しいとは思いますが。
母を偲んで、ありがたく思う心が、次の世代を健全に育てるの
だと思うのですが。
ともっぺ
2007/02/01 16:04
ともっぺさん今日は
子供の頃は尊敬している人物に、父母の名前を挙げる人がいましたね。
それだけ優しく、父親にも威厳があったんですね。

昨今の事件を見ていると、どうしてそんなことをするのかと思う事件が後を絶たない。
我が子にご飯を与えないなんて、我々の時代では考えられない。
飽食の世代だからこそ出来る現象なのか、お腹を減らしてお釜の底を掻きさらってまでして、ご飯粒を集めた世代だったら、飢えの苦しさを知っています。

鬼のようなことをする犯人には、同じ苦しみを与えて欲しいと思うのは、ワテ一人かなあ。
風の旅人
2007/02/01 16:20
風丼♪ こんにちわぁ☆

昔々 農家はお互いに農作業をおてづだいしてました。
何かひとつでも お菓子類がでたら
子供のあたしたちに 残してもって帰って来た
当たり前のようにもらって食べてしまったけど 。。。。。

今頃になって 親のあたたかさ やさしさが
いっぱい感じられますねぇ

ありがとう なんてこと 一言も言ったことないかも。。。

今はご飯粒のことなんて通じない時代なんですよね
うーーーーーん。。。。。。。
一言いうと おせっかい になってしまうし。。。
むずかしいですぅ〜〜
あじ丼
2007/02/01 16:33
あじ丼〜今日は休みだね〜
そっちは寒いですか〜

そうそう親は食べないで残してくれましたね。
今なら余ったものを持って返るのも、気が引けまんなあ

持って返らなくても、家にもあるよとか言って、遠慮してしまう。
一つのものでも分け与えてくれました。

あじ丼と話をすると、遠い昔にあった懐かしい話になるなあ
風の旅人
2007/02/01 16:43
この歌もいいですよね。しんみりとして。
カラオケでよく歌いました。難しいのにね。好きなものはしょうがない。
(もう一つの私のおはこは北上夜曲)

20代の頃、長崎の精霊流し見に行ったことがあります。
爆竹バンバンでそれは大層賑やかで驚きました。
さだまさしの精霊流しが歌われるようになった頃、
イメージがあまりにも違い戸惑いましたが、
悲しみをあのように華やかにして送り出すのも、
残されたものが生きていく、乗り越えるうえでの一つの手段なんですよね。

私たちの世代の母親は戦後の食糧難のとき、
自分は食べた振りしをしてでも子供にはちゃんと食べさせてくれました。
今の朝食抜きで学校へ送り出し、給食費は払わない、
こういった母親達が増えたのは何時ごろからなんでしょうね。

最後になりましたが、
花火の写真 もっとお上手なかたが沢山いられるのに・・・
私の画像を使い引き立ててくださってとても嬉しいです。
ありがとうございました。

old マザー
2007/02/01 19:20
oldマザーさん 今晩は
貴女の所でこの花火の写真を見て、この曲のイメージにピッタリなのでお借りしましたが、本当に素敵な写真です。

いつも綺麗にしかも芸術写真のように撮られているので、厚かましくもお願いしましたが、快く了解していただけたので、安心して載せさせていただきました。
どうも有り難うございました。

最近の嘆かわしい風潮は、本当に困ったもんです。
給食費を払えない家庭じゃなく、払わない家庭だと言うことに、どうなっているのやと言いたくなりますね。

昭和30年代の始め頃、学校に弁当を持ってこれない児童があったと聞いています。
持たせないのではなく、持たせてあげられない親の気持ち、持って来れない子供の気持ち、こんなこと考えたことがあるかなあ

当時はみんなが貧しかった。
弁当のない子は、家に帰ると言って教室を出るが、校舎の塀に隠れていただけ。

そんな時代を生き抜いてきた、今の60代後半から70代の人達にしたら、払わない親がいるなんて、理解できないでしょうね。
風の旅人
2007/02/01 21:26
<さだまさし>の精霊流しが歌われたのは
佐世保にいた頃でした 知り合いの 方の
精霊流しの 行列に参加させていただき
爆竹をならしながら 亡き人に思いをはせ
ました。
先日 母の7回忌の法要をしました
亡くなってから (もっと親孝行をすれば良かった
優しくしてあげれば良かった)と 後悔ばかりです

さだまさしの曲では<案山子>が好きです
手元から巣立っていった娘を(東京の大学)思い
<案山子>の曲を 聴いて涙したこともありました、、が
今では 二児の母になり たくましく生きております(笑)

昔の事を 思い出さして頂いて 有難うございました



 

まさら
2007/02/01 21:51
まさらさんは佐世保にもおられたのですか。
それだったら精霊流しを見る機会がありましたね。

親の有り難みを最初に感じるのは、自分の子供が出来、育てる苦労を通じて親の有り難さがしみじみ分かる。

亡くなってしまえば、もっと優しくしてあげたかったと後悔します。

娘さんを東京の大学に出されたのですか。
案山子は身につまされるでしょうね。
大分前ですが、テレビで加山雄三がこの歌を、涙を流しながら歌っていました。
親になると共通するものがありますね。
風の旅人
2007/02/01 22:27
こんばんは。
さだまさし…グレープでしたね
佐世保と言えば米軍基地がありその昔原子力潜水艦???の基地でした。
ハンバーガーの発祥の地でもあります。
今や佐世保バーガーは大阪のど真ん中でも売っているそうです。
ファミリーマートでは常に売り切れですよ
異常余談でした。(~o~)
石屋
2007/02/01 22:57
石屋のオッチャン毎度〜
南こうせつ、さだまさし、それに会話の中にある陽水
この三人とも九州出身や。
同じ世代の人ばっかりや〜

男性三人出したら次は女性三人出そか(笑)
八代亜紀、小柳ルミ子、山崎ハコでどないや\^o^/
楽しみにしとってや〜
風の旅人
2007/02/01 23:25
この歌聴くと涙が出ます。
なぜか・・・いつも・・・・
まころん
2007/02/02 00:26
まころんさんの涙
やっぱり思い出すのでは。
この文章からではよく分からないけど、それぞれ思うことは一緒ですよ。
風の旅人
2007/02/02 00:46
風さんのお母様は長生きされたのですね。
それでも親孝行の言葉をもっと、と思うのですね。。。
私は母が46歳の時亡くなりました。
10歳だった弟は『私の小さな弟が 何にも知らずに はしゃぎまわって』の歌のようで人が集まってるのが嬉しかったようでした。
私も今は母親になって33年目を迎えます。
子ども達にとってはどんなお母さんに写っているのでしょうか。
ぷー
2007/02/02 16:30
ぷーさん今晩は
ぷーさんは幼くして、お母さんを亡くされているのですね。
ワテの親父も12才の時になくなっています。
それ以来母は苦労を重ねています。

10番目の子供ですから、今で言う高齢出産です。
戦争末期の子供ですから、大変だったと思いますよ。
風の旅人
2007/02/02 18:55
入院されていたお母さまを見舞われたときの思い、
きっとお母さまとの思い出を沢山思い出されたことでしょう。
私も亡くなった母を思うと(父もですが)、親孝行の後悔ばかりです。
Papalin
URL
2007/03/14 09:09
Papalinさんいらっしゃい

この曲が流れるとお袋のことを思い出しますね。
苦労しただけの人生だったように思えます。
もう少し親孝行が出来ていればと、後悔だけが先に立ちます。
風の旅人
2007/03/14 09:44

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