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zoom RSS 歌の旅・イヨマンテの夜

<<   作成日時 : 2007/01/20 23:07   >>

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伊藤久夫が歌った「イヨマンテの夜」を知っている人は、このブログに来る人の中で、果たして何人いるかな?

この歌が世に出たのは1949年(昭和24)。
古関裕而作曲、菊田一夫作詞による『イヨマンテの夜』は瞬く間に大ヒットしました。
当時のNHKのど自慢でこの曲を歌をひっさげて出場する人は、必ずと言っていいほど合格しました。


このイヨマンテという言葉は、アイヌ語で熊を指し、儀礼的な面で熊祭りと表現している。
しかし本来のアイヌの伝統行事であるイヨマンテとは、歌詞の内容は随分違っており、例えばタムタムという言葉があるが、これはアフリカの楽器である。
当然アイヌのイヨマンテには、タムタムなど使わない。


  阿寒湖畔にあるアイヌの土産物を覗くと、人間の背丈の倍もある熊が飾っている。
こんな熊が実際にいるの?と思うほど、大きな熊です。

ここ数年、秋になると餌を求めて熊が人里に降りてきています。
里山が少なくなり熊の食べるものがなくなり、人家近くの農作物に被害が出ています。
熊も出て来なければ撃たれないが、時たま大きく吠える熊の出没は、困ったもんです。





イヨマンテの夜

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コメント(23件)

内 容 ニックネーム/日時
彼は野武士を思わせる風貌にして、歌いっぷりは豪放磊落と申しましょうか、とても男らしい歌手でした。・・ステージに上がる時はいつもコンビ(ツートン)の靴を履いてたのを記憶しております。
「暁に祈る」「栄冠は君に輝く」「あざみの歌」「山のけむり」
これらの歌を、私も好んで唄いますけど、「イヨマンテの夜」だけは
あの出だしが難しいですよ。

井沢八郎が「北海の満月」なんて歌を唄ってますが、私に言わせれば
この歌の二番煎じですよ。



伊藤
2007/01/21 01:08
ワテはこの歌を今練習中ですわ。
最初のアホイヤ〜の出だしと最後の、あ〜〜の部分は、何回曲を聴いても難しい。
それをワテ流で歌ってますのや。

そのうち一回聴かせまっさ。
待っとっておくれやす。

伊藤久夫と言う人が活躍した時代は、テレビもない時代でしたのに、よう覚えておられますなあ
流石に芸能通や。

ところで菊田一夫先生、この方アンタも好きな「君の名は」の原作者ですがな。
真知子捲きが当時よう流行りましたなあ\^o^/

ラジオから「君の名は」の曲が流れたら、女風呂が空になった話がおましたが、伊藤家のおっ母さんもそのうちの一人でおましたやろ。(笑)
風の旅人
2007/01/21 01:39
>伊藤久夫と言う人が活躍した時代は、テレビもない時代でしたのに、よう覚えておられますなあ

NHK懐かしのメロディー・・とか、紅白歌合戦の裏番組の東京12チャンネル系の「懐かしのメロディー」でよく観ましたよ。
伊藤久男をはじめ
藤山一郎・灰田勝彦・岡本敦郎・東海林太郎などなど、その出演者は枚挙するに暇がございません・・
でもこんな歌好きな私ですけど、今の歌にはサッパリ興味も湧きませんよ、
どうやら、歌の感性をつかさどる脳の部分がかなりイカレてきたみたいです(笑)
そういえば、きょうびの「NHKのど自慢大会」もなんかクソ面白くありませんな、あれはただのパフォーマンス大会ですよ、あんなの見たくもないです。



伊藤
2007/01/21 02:58
うちのおっ母ちゃんは「君の名は」聴くような人ではありませなんだ

もっぱら、浪曲でしたネ、寿々木米若の大のファンでしたよ。

「佐渡情話」
佐渡へ〜・佐渡へと
    草木もなびく〜

当時、NHKのラジオ放送は浪曲も結構多く放送してましたよ。

伊藤
2007/01/21 08:47
伊藤のオッチャンおはようさん
娯楽のない時代だから、ラジオから流れてくる音楽や漫才浪曲と言ったものが、唯一の楽しみでしたなあ

6級スーパーラジオは感度も悪く、ビーガービーガーと雑音はハイって聞き取り辛い。
そんな中でも聞き耳たてて、聞いたものですわ。

伊藤家のおっ母さんは浪曲でっか、ワテのお袋は歌謡曲やった。
いつも紙に書いて覚えとりましたわ。
風の旅人
2007/01/21 10:12
なんでかなあ

イヨマンテ〜  もえろ かがり火〜♪

この部分 歌えちゃうのです。
伊藤久男さんの りりしい眉毛も
記憶の底から よみがえってまいりましたわ。
nyanko
2007/01/21 11:16
風の旦那、掲示板時代に、いつか貴方と語り合った、NHK「昼の憩い」
のテーマ音楽、検索遊びでこんなものを発見しましたよ。

あの曲は、どうやら古関裕而の手によるものですねぇ・・そしてスポーツ実況放送の時必ず流れてくる、あの軽快なメロディーの「スポーツ行進曲」もそうみたいですよ。

古関裕而は実に優れた作曲家だと、つくづく感心しますよネ・・
伊藤
URL
2007/01/21 11:32
風の旅人さん、お早うさんです。

此のチョコレート色の板に釣られて、又、コメントしてしまったかな?

当時、私の所のラジオは5球スーパーで、増幅部や逓倍(ていばい)部等・能く5つの球切れが起こり、電気屋に真空管(球)を買いに行ったものですヨ。

一球(ひとたま)2〜3極管なら30円、5極管なら50円で特殊管でも100円〜150円でしたなぁ〜。現在、オタクでアンプ等を使用してる人なら判ると思いますが、真空管は目玉が飛び出る金額ですヨ。

当時のラジオは、インテリア然とするガッシリしたケース(木枠作り)で、レースの花瓶敷きを天蓋(てんがい)に、必ずハケで小まめにホコリを払って居たモノですなぁ〜。

能く聴いて居たのが「朝のラジオ体操」と連続ドラマ「パパ、行ってらっしゃい」(中村メイコ主演)で、今でも耳に残るのは楠トシ江の「ヴィックス・ベポラック」のCM歌ですなぁ〜。

昭和36年に我が家にも、「首を傾(かし)げた犬」(瀬戸の置物)と共にビクターの白黒TVが入り、画面が点(つ)く迄の15秒間は真空管(球)が温まる時間で、ラジオと同様だった記憶が有りますヨ。
(続く)
schwalz
2007/01/21 12:50
nyankoはんは偉い古典派やなあ(笑)
今時の人には珍しいなあ

それとも篝火をみて、焼肉のイメージが彷彿してきたのでは。(笑)
食べることにはどん欲だけに、もしかして熊の肉でも狙っているのでは。
幾らでも持って行ってや。
でもこの熊の肉は、煮ても焼いても食えんぞ〜
風の旅人
2007/01/21 13:36
今でも印象に残る最初の女優は子役で、映画「鞍馬天狗」にアラカンと共演した【松島トモ子】ですヨ。大きな目玉をクリっとさせた、利発そうな児(こ)でしたなぁ〜。

此の「熊祭りの歌(イオマンテ=イヨマンテ)」は、響きが勇壮でカムイ(神)に恵みを感謝する内容だったと記憶し、【燃えろ篝火(かがりび)】の部分が妙に強いインパクトでしたヨ。

是等の歌は我が家にTVが入ってから視聴したモノで、ラジオでは当時存命中の父母が、専(もっぱ)ら【講談】【浪曲】【民謡】【落語】ばかりを選曲したので私はウンザリしっ放しでしたかな?・・・

其れにしても、何故か当時を懐かしく想い出しましたヨ。
普段の私は、過去を振り向きもし無いのですがネ?

以上でした。
schwalz
2007/01/21 13:41
ラジオで「昼の憩い」の曲が流れてくると、のんびりとした時間が流れますなあ

岐阜県養老に住む伊藤農事通信員さんから、こんなお便りを頂いています。
なんてアナウンサーの声が、今までもカーラジオから聞こえてきます。
昔も今も変わらない語りですね。

古関裕而さんの作曲表を見ると、懐かしいでんなあ
夏の甲子園大会賛歌「栄冠は君に輝く」もそうでんなあ

こうしてみると戦争前後から今まで、色々な名曲を作っておられますね。
風の旅人
2007/01/21 13:46
schwalzさん毎度でっす。

懐かしい話、宜しいじゃござんせんか。
父母が行きたる時代の話、我々の幼少の頃の思い出、遠い昔に置いておくこともないですよ。

今日取り上げた「イヨマンテの夜」を通して、過ぎ去りし日の想い出を酒の肴にして、語り合うのも又良きかなですよ。

6級スーパーと書きましたのは、間違いのようでした。
正しくは5級スーパーですね。

ちゃぶ台の前に家族で座って、1台のラジオを囲んで仲良く聴いている。
何処の家でもそんな風景だったのでは。

当時は親父の威厳もあったので、親父の好きな番組が優先でしたわなあ
そりゃ中には嫌いな番組も、聴かされてしまったわけや。

今ではそれぞれ個室をあてがわれて、一人で過ごしている時間が多くなったはず。
家族団欒と言う言葉も、死語になりかけてますなあ。
風の旅人
2007/01/21 14:00
訂正文です。

楠トシ江のCM歌は、「ヴィックス・ベポラック」では無く【ヴィックス・ベポラップ】でした。

修正して此処に訂正します。

風の旅人さん、互いの健闘を祝しましょうゾ。

以上です。
schwalz
2007/01/21 14:21

 クリ・クリ・三角小さなドロップ
 ヴィックス・ヴィックス・洒落た味・
 でしたかな?

「パパいってらっしゃい」
あれもよく聴きましたよ、中村メイコは何役もこなしていましたし、
隣に住む男の子「ゴン」の母親役が、初井言枝でしたよネ、
このラジオ番組を聴き終えて学校へ出掛ける・・そんな毎日でした。
 
 
伊藤
2007/01/21 14:57
楠木トシエさんのCMソングあったなあ
独特の声で歌っていましたなあ
この人はまだ存命中かな?
あっこんなこと書いたら、関係者の皆さんに怒られるなあ

schwalzさんはワテより幾つか上でしょうね。
よく知っていなさる。
風の旅人
2007/01/21 15:12
伊藤のオッチャンにかかると、古い話が蘇ってくるなあ
こんな歌、すっかり忘れていました。
でもこうやって書いて貰うと、そyそやこんな歌があったなあと思い出す。

タンスにゴンは知っているが、男の子のゴンは知りまへんなあ
伊藤はんが小学校に行ったのはS30年前後、どんな歌があったのかな
以外と思い出されへんなあ

そやそやあの頃は、村で神童と呼ばれ勉強一筋やったが、何処で道を間違えたのかなあ(゚_゚i)タラー
風の旅人
2007/01/21 15:19
当時、少女雑誌の表紙を飾るのは、前出の松島トモ子・小鳩くるみ・古賀さと子・・一方、少年雑誌では設楽浩嗣なんて子がいましたよ、(小津作品の子役としてチョイチョイ起用されていました)・・もうこの設楽少年も六十は過ぎてるでしょうねぇ・・・
伊藤
2007/01/21 15:29
松島トモ子さんはワテと一緒の年ですから、後の二人は上でしょう。
当時すでに人気者でしたからね。

松島トモ子で思い出したが、あの方ライオンが好きでして、アフリカに取材か何かで行って、ライオンに手を噛まれていますでしょう。
幸い大したことがなかったようだが、ワテは近づくのも嫌でっせ。
風の旅人
2007/01/21 15:34
コメント欄を一通り読ませていただきましたが
なんとも古い話に花が咲いていること・・・\(^o^)/
私なんてまだまだ若い世代〜♪なんて思っていたのだけど、殆ど知っている事ばかりで、、、ショックやら嬉しいやら懐かしいやら・・・ビクターのあの置き物も実家にありましたし、テレビでは「てなもんや三度がさ」とか「ただいま11人」とか大好きでした!私が幾つの時だったでしょう。。。後で調べておきます!

2007/01/21 15:41
あっ・・・
ちなみに「イヨマンテの夜」は知っていますよぉ〜♪

2007/01/21 15:56
花さん毎度でおます。

古い話になるといつも妙に盛りあがる、爺たちでおますわ(笑)
まあ懐古趣味もあるでしょうが、罪のない話でごぜえますだ。

何?殆ど知っているって、花さんはお幾つなんだろう??
金さん銀さん並でおいででは。
あの犬の置物なあ
あの犬には名前がありましたで。
なんだったっけ?

てなもんや三度笠はこのブログでも取り上げています。
今探しましたが、行方不明や(゚_゚i)タラー
藤田まことや白木みのるの、若い頃の写真がありまっせ。

この辺りの話が出きるようでしたら、ワテらの仲間や(笑)
風の旅人
2007/01/21 16:02
ただいま〜
懐かしい話に花が咲いていますね。。知らない世界(笑)
でも、この曲は知ってますよ
スナックで知らない叔父さんが良く歌ってたっけ

熊の話が出ると 言わせてもらわなくっちゃ
「私の町のはずれでは 毎年 熊が歩いてます」って
でも、銃で撃ったって話は聞きません
「熊が出たので 注意してください」って町内放送は流れますけど
うまく、動物と共存してる町なのかもしれませんね♪
もりちゃん
2007/01/21 18:59
もりちゃん おばんでやす
青森は銀世界でっしゃろなあ
そんな中を車でセールス、ホンマに御苦労さんやなあ
気をつけなアカンで。

村には熊が出るんかいな
青森はツキノワグマでっか。
この写真はヒグマだと思うけど、しかしこんなのが出てきたら、ビビッてしまうでぇ。
おっかないなあ\^o^/
風の旅人
2007/01/21 21:26

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