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zoom RSS メモリアル・1.17阪神大震災

<<   作成日時 : 2007/01/16 22:16   >>

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1.17は阪神大震災の起きた日です。
このブログでも昨年も取り上げていますが、この地震だけは我々の記憶から抜き去ることが出来ません。
あの日に起きた地震の恐怖と体験談を、語り継いでいくのも、防災上大事なことだと考えます。

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1995年1月17日、午前5時46分に阪神地方を襲った大地震は、ドンッと突き上げる縦揺れと、かって経験したことがない大きな横揺れで飛び起きました。

ワテはその日風邪気味で眠れなくて起き出してきて、ストーブに火を付けて、ガスコンロでお茶を沸かしていた、その時に地震が起きた。

水屋の観音開きの戸が開き、中から茶碗が落ちてきた。
それを避けようとしても、身体は言うことを聞かない。
大きな揺れの中で家族の安否を気遣うより、自分の身を守ることで精一杯。
揺れが収まるまでの長いこと〜〜〜〜〜〜〜〜〜

やっと収まって家族に声を掛けたら、元気な声が返ってきた。
それからやがな、ストーブの火とガスコンロを消したのは。
あの地震の中で火が消えていないんやで。

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家が潰れていたら火事になっていました。
揺れたら自動消化するはずなのにこの有様や。
マニュアル通りに消えるだろうと思ったら大間違い。

我が家のストーブはかなり古いタイプだが、一応消えるタイプやった。
そう思っていたが消えなかった。
この野郎と蹴飛ばしたら、ようやくガチャンと消えた。(゚_゚i)タラー
でもまだ使っているけどなあ(笑)

幸い我が家は何ともなかったが、周囲は大変な事態。
テレビをつけたら外がまだ暗いため、ニュースが入ってこない。
そして夜が明けたら・・・・・

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最終的に今回の地震をマグニチュード7.3を記録したと発表。
震災直後とその後認定された人を含めると、6434人の方が亡くなっておられます。

2000年1月17日には三宮の東遊園地に、震災モニュメント「1.17希望の灯り」が建立されました。
そこには次のような碑文が刻まれています。

1995年1月17日午前5時46分
阪神淡路大震災

震災が奪ったもの
命 仕事 団欒 街並み 思い出

…たった1秒先が予知出来ない人間の限界…

震災が残してくれたもの
やさしさ 思いやり 絆 仲間

この灯りは
奪われた
すべてのいのちと
生き残った
わたしたちの思いを
むすびつなぐ


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それから12年目の今年、神戸の町は随分復興しました。
全国から寄せられた物心両面の支援は、神戸の人達を支え続けていました。

今回使いました写真は、一部お借りしました。

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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
お早うございます。
初めまして。
1.17震災の日になると未だその恐怖が蘇ってきます。
風の旅人様のところのストーブは消えなかったのですか?大変な事になる所でしたね。
幸い我家のストーブはすぐに消えたようです。その時にそのことを確認する余裕はありませんでしたが落ち着いた時に見たら消えていました。

丁度起きて「まだ外は暗いなあ」と見ていた途端にドーンと着ました。
それからは立っていられません、畳にへばりついていても身体はトランポリンの上のようにポンポン跳ねる感じでした。長く感じました。

今もその恐怖ははっきり思い出されます。

亡くなった知人、家族を亡くし独りぼっちになったお年寄り沢山の方を知っています。今こうして生きている事は感謝しなければなりません。
下らぬプライドや、意地で人を虐めたり、恐怖に落し入れたり(脅しでしょう)、殺めたりする人達に生きていることの大切さをもう一度しっかり心に刻んでもらいたいものですね。

初コメントで失礼なことを書いたかも知れませんがお許しください。
記憶
2007/01/17 06:50
記憶さんいらっしゃい

今朝は関西のテレビ各社は、どのチャンネルを回しても震災特集を組んでいます。
生憎の雨降りですが、各地で追悼行事をしていますね。

この震災で多くの方が犠牲になられ、ワテの会社関係でも数人が犠牲になっておられます。

生きていることの有り難さを痛切に感じるのも、あの様な体験を経験したからではないでしょうか。

最近マスコミ等でも取り上げているのが、虐めによる自殺や殺人事件など痛ましい事件が起きています。
このブログでも人の命を弄ぶがごとく、強迫めいた書き込みが見られます。

人を脅して何が嬉しいのかと言いたいですよ。
17日つまり今日「影」なるものを使って、押しかけるなどと書き込んでいますが、このような卑劣な行為を見逃すわけには行きません。

阪神大震災が起きた日に、こうした行為が成されるならば世間は許さないし、同情の余地もありません。

記憶さんが書いておられるように、命の大切さを考える、今日はいい機会でもあると思いますよ。
コメント有り難うございました。
風の旅人
2007/01/17 10:28
あの日の事は、覚えています。岐阜もかなり揺れました。
すぐにテレビをつけて、震源地を確かめました。そして。。情報が入るたびに、被害の大きさがわかってきて・・・すごく怖かった。
あれから、もう12年なんですね。。。
今はもう、神戸もすっかり綺麗になってますが、忘れちゃいけないことだと思います。
みるきぃ
2007/01/17 10:28
今日でしたか・・身近に体験された方のお話を聞くのは初めてでした
昨年の記事拝見してきました
地獄絵図のようだった・・筆舌に尽くしがたい・そのような光景だったのでしょうね
沖縄生まれの私は何が恐ろしいかって地震ほど怖いのはありません
奥さまもきっとそうでは?
あの後家族銘々に避難グッズを入れたリュックをベッドの横に置いてあります
忘れたころにやってくる・・忘れられるわけありませんね
同じ年 95年 3月20日 私の身近であの「地下鉄サリン事件」が起こりました
銀座への初出勤の日でした その時は何も知らず後で知ってぞっとしたものです
何が起こるかわからない昨今
今日一日の無事を祈り感謝を忘れてはななりませんね
災害にあわれた方のご冥福を改めてお祈りいたします(-人-)
べじまき
2007/01/17 10:29
みるきぃさんおはようさん

気象庁の発表では彦根が震度5ですから、岐阜でもかなり揺れているでしょう。
あの朝の光景はこの世の地獄を見る思いですね。

テレビで写る画像は、信じられない風景でした。
倒れた建物中から、よく無事に生きておられたなあと思いましたよ。

たまに神戸を電車の中から見ると、街並みは復興しているように見えますが、まだまだ人々には深い傷跡が残っているでしょう。
風の旅人
2007/01/17 10:55
べじまきさん おはようさん

日頃から防災グッズを、家族の分を用意しておられるのは、大事なことですよ。
こんなものと思うものでも、あるとないとでは随分違います。
我が家も準備していますが、いざというときに持ち出せるかなあ(゚_゚i)タラー

地下鉄サリン事件では遭遇しているのですか。
この事件はオームの連中の仕業だったが、人の命を奪うという、前代未聞の大量殺人。
こういった犯罪は許せませんね。

人の命の大切さを考える、この日は絶好の機会ですよ。
風の旅人
2007/01/17 11:03
私は地震で直接の被害は(壁がひびだらけになりましたが)なかったですが、今だに生々しい記憶です。あのショックは私の文章力ではとても表現が出来ません。余震が恐ろしくてただおたおたしてました。ストーブは(今から思い出せば)風の旅人さんと同じくでした。怖いことですね。
地震で亡くなった方々のご冥福をお祈りします。
はこふぐ
2007/01/17 11:13
はこふぐさん 毎度でっす

強烈な揺れではこふぐ家は、ひび割れが生じたのですか。
あの当たりは地盤が固かったようで、大きな被害は少なかったようですね。
近くの痛み辺りは駅舎は壊れるし、線路がズタズタ。
地域差がありましたね。

ストーブの件では同じ状態でしたか。
何かホッとするなあ
これではアカンけど、同類がおると言うことは、何となく安心感があるでぇ(笑)
風の旅人
2007/01/17 11:20
地震の時は、親類は関西でしたが、私は関東で逃れました。親類も神戸より東ばかりでしたので、大きな被害はなかったようです。 兎に角、テレビを見ながら朝から身が縮む思いをしておりました。最近というか、前から小さい地震は関東で結構多いので、そのうちドーンとくるんじゃないかと心配はしております。
ヤンハー
2007/01/17 18:55
ヤンハーさん今晩は

震災当時は関東在住でしたか。
あの恐ろしい状態は経験していないわけか。
そりゃ生きた心地がしませんで。

親戚が関西に多かったら、さぞかし心配されたでしょう。
ワテも関東に兄弟がありますが、県外から関西に電話をしても、全く通じなかったと聞いています。

コッチは大丈夫だったから平気の平左でして、此方からも全然連絡なんかしていません。
1週間ほどしてやっと通じたと言われたときは、心配かけたようです。

地震が起きた直後は電話が集中しますから、先ず繋がりませんね。
その時はメールの方が届くようです。
風の旅人
2007/01/17 20:36
阪神大震災、中越地震、又最近では北海道の津波と、日本の
あちこちで、大きな災害や予兆が起こっています。
我家の古家では、ひとたまりもないかも知れません。
そう考えたら、夜も眠れません・・・
だから、考えないことにしようと、思ったりして。
テレビなどで、大災害の様子を見ていても、自分の所にも
起こるんだという実感がどうしてもわきません。
大自然の力に、どう対処したらよいのでしょうか?
どうか、何事もおこりませんように、と祈るのみです。
ともっぺ
2007/01/17 22:22
ともっぺさん今晩は

東海沖地震がもしかして、そう思ったら不安ですね。
用心に越したことはありませんが、神戸では活断層の上に建っている家はひっくり返りましたが、向かいの家は何ともなかった例がたくさんあります。

筋向かいで何でこない違うの?
これは活断層のせいですね。
地震で家がどうなるか、本当にこればっかりは予測が付きません。

活断層の上に家がないことだけを、願うしかないですね。
それと備えあれば憂いなし。
最低三日分の備蓄は必要ですね。
それと各種の防災グッズを、家族分用意して置いた方が良いなあ
風の旅人
2007/01/17 22:37
阪神大震災、
このことは私達日本人いえ世界の人々に多くの教訓を残しました。
その一つは今想定している地震(災害)以上の大きいものがやってくると言う事です。
この意味することは少々建物の強度を上げても完全では有りませんし災害を防ぐことは出来ません。
つまり誰も私達を直接守ってくれるもなど無いと思わなければなりません。
そこで私達は個々に対策を持たなければならないのではないでしょうか。
そして災害が起こった時にそれを如何に少なくさせるか?
それは私達の手にあるのではないでしょうか。
じょうじ
2007/01/17 23:13
こんばんわ
風の旅人さんも、あの大きな揺れを体験されたんですね・・・
ワタシもあの日は体調を悪くしていてたんですが、思わず起きてしまいました。
地震の最中ストーブが倒れないように素手で押さえ火傷をした友人がいたこと、このブログを読んで思い出しました。
この日のことを忘れないようにしたいですよね・・・
ミイ
2007/01/17 23:16
じょうじさん 今晩は
本当にいつ起きるか分からない災害ですから、自分の身は自分で守るしかないですね。

防災訓練風景を見ていると、避難誘導なんかしているが、あんな甘っちょろい状態ではないですよ。
奥尻島では津波が発生して、5分間で村が呑み込まれています。

ゆっくりノンビリ避難しましょうか、○○チャン早うおいでや〜なんて言っている間に、津波に持って行かれます。

災難はいつやってくるか分からない。
十分注意するしかないですね。
風の旅人
2007/01/17 23:30
こんばんは、風の旅人さん
あれから12年もたつのですね。
友人の息子さんも、出勤時に湾岸線で被害に合い亡くなられました。声もかけられないほど憔悴しきった友人の姿を思い出すと今も涙が出ます。
離れた奈良でさえ、今思い出すのも恐ろしいほどの揺れでしたから、神戸の方々の恐怖は計り知れないものでしょう。それだけでなく、その後もどんなにかご苦労されたことでしょう。
「震災が残してくれたもの」を大切にしていかなくては…と思います。
harusika
2007/01/17 23:34
ミイさん今晩は

ストーブが倒れそうになったので、素手で持って火傷した友人さんのこと、笑えませんね。
その場にいたら絶対にそうしますよ。

ワテの場合は落ちてくる茶碗の方が気になって、ストーブに火をつけていたのは、後から思い出した。
動転していたらそんなもんですよ。

同じ大阪に住んでいても、揺れは全然違いますね。
大きな被害にならなくて良かったですね。
風の旅人
2007/01/17 23:41
harusikaさん今晩は

友人の息子さんを亡くされたのですか。
本当にお気の毒ですね。
朝元気に出勤したのに、運悪く高速道路上での事故。
チョッとの差で生死が変わってくる。

12年の月日はさぞかし無念だったでしょうね。
身近に知人がおられると、胸が痛いですね。

                 合掌
風の旅人
2007/01/17 23:45

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