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zoom RSS 沖縄平和ツアー その7 チビチリガマ・集団自決はあったのか?

<<   作成日時 : 2006/11/24 11:33   >>

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沖縄には終戦末期、本島南部や離島では、米軍に追いつめられた住民が多数亡くなっています。

女子供は何をされるかわからない。
生きて虜囚の辱めを受けるなと教えられていただけに、親が幼子の首を釜で切った話や、青酸カリを渡されて服毒した話など、数多く耳にします。

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今沖縄で集団自決があったのか、なかったのかで裁判で戦っています。
その争点は「誰が命令したか」と言う問題です。

隠れていた壕の中では、恐らく阿鼻叫喚の世界ではなかったか。
乳飲み子がお腹を空かして泣くのは当たり前。
泣き声が漏れると米軍に見つかるからと、母子を壕から追い出したり、殺すように命じたのは日本兵だったでしょう。

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命令権のある人が言って回るほど、悠長な時期じゃない。
恐らく追いつめられた状況で、恐怖の中での出来事だったのでは。

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集団自決があった場所として、このチビチリガマがあります。
暗く鬱蒼と茂った樹木の一角に洞窟があります。
沖縄にはこうした自然の洞窟、壕と言いますが、数多く存在しており、住民や日本兵はこの壕に隠れたのです。

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真っ暗な壕に入ると入り口は狭いが、中は広くなっていきます。
鍾乳洞の洞窟は上空からは見えないし、上からの爆撃にも強い。
隠れるには最適な場所ですが、追いつめられた住民は、この中で最後を迎えました。

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洞窟の前に碑文があります。
それによると1945年4月1日米軍は読谷村の西海岸から上陸して、
その日のうちにチビチリガマ一帯に迫ってきた。
避難していた住民140名中83名が集団自決しています。

集団自決した中には、18歳以下の子供が6割もいたことです。
中には6才の幼子の名前もあります。

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詳しくは読谷村戦跡めぐりのHPをご覧下さい。
http://www.vill.yomitan.okinawa.jp/sonsi/senseki/map/guide/guide07.html

集団自決は鬼気迫る状況の下で行われた。
こんな悲しい出来事が、沖縄では実際あった事実を知って欲しいなあ
戦争が起きれば人間が死んでいく。
今日のニュースでもバグダッドで、143名の死者が出ています。

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戦争は止めて欲しい、それは誰もが願うこと。
一度戦火にまみえるなら、多くの死者が出てしまう。
我が国の指導者も、平和についてもっと真剣に考えて欲しいものだ。
アメリカベッタリの姿勢では、国際社会から笑われるだけ。

憲法九条は日本が世界に誇れる条文です。
しっかり守っていくべきではないでしょうか。

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ブーゲンビリアの花

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
5月の沖縄旅行の際ににひめゆりの塔に行き、平和祈念館も見てきました。平和ほど尊いものはありませんね。
いしけん
2006/11/24 12:57
いしけんさん 今日は

沖縄を訪問しますと、なにが大切なのかがよくわかりますね。
命どぅ宝と言う言葉があります。

命こそ宝であると沖縄では言います。

最近いじめ問題で、子どもたちが自ら命を絶っています。
命こそ大切だということを、本当にわかって欲しいですね。
風の旅人
2006/11/24 14:38
ここまで辛い気持で拝見してきました。
辛いと言って逃げてはいけないと思って。
ここまで来て、加齢によってか、生来の涙腺の
脆さも倍加しているこの身です、
文字もかすむ程になってしまいました。
実際にその地に立たれた風の旅人さんの
言葉と写真とが胸を打ちます。
涙なんか欲しくない!亡くなられた人々はきっと
そう言われるでしょう。そう思いつつも、
これが沖縄の厳しい現実なのだと思い知らされました。
ブーゲンビリアの花、
この華麗に美しい南の花は、無惨にも散った人々への
鎮魂の花なのですね。
魂が安らかに眠れる時が来ますように。
レイ
2006/11/24 15:51
レイさんや熊さんのような年の方には、辛い記憶が蘇るのではと思っています。

人間は時には狂気になる、それが戦争です。
目の前にいる人を殺さない限り、自分が殺される。
そんな残虐な行為が行われるのが戦争ですね。

集団自決を迫られた壕は他でも聞きます。
慶良間諸島の阿嘉島でも、軍部が住民に対し集団自決を強要しているのが、新聞に載ったことがありました。
風の旅人
2006/11/24 16:12
とてもこわいですね。後変な物がいたんですけどなんですか。
サラダチャン
2008/06/13 15:51
私は 皆さんのコメントを読んだり写真を見たりしてとても、心にじーんときました。写真では、つるがささげられたりして。           こんな残酷なことは、絶対に同じことは繰り返してはいけないと、おもいました。「戦争」と言う文字、意味をこの世から消したいです    
沖縄大好き☆
2008/06/13 15:56
サラダチャンようこそ

沖縄で62年前にこの場所で何が起きたのか、このガマを訪ねるたびに沖縄戦で集団自決に追い込まれた住民の悲劇を、多くの人に伝えていかないとと思いますね。

変なものですか?
なんだろう?
具体的に書いて欲しいなあ\^o^/
風の旅人
2008/06/13 22:53
沖縄大好き☆さん?
上のサラダチャンと同じ人かな?

沖縄は何度行ってもいいですね。
妻の実家が那覇ですので、何度も行く機会があります。

島酒飲んでゴーやチャンプルが食べたいなあ\^o^/
風の旅人
2008/06/13 22:55
初めまして。沖縄県の中学一年生です。
うちの中学では6月になると平和学習と言って
慰霊の塔や嘉数高台、チビチリガマなどに行きます。
チビチリガマを見た時泣いてしまいそうになりました。
自分よりずっと小さい子がこんな狭くて暗い
ガマの中で死んでいったんだな
と思うと胸が締め付けられました。
どうして身内同士で殺しあうのか?
私には分からないですが、きっとそこまで苦しめられていたのだろう
と思うと戦争は絶対にやってはいけないことだと
改めて気付かされます。
私たちは戦争を体験していないから
このような他人事のように言えるけど
体験した人たちは、きっと一生消えない
傷を心に負ったんだろうな思います。

この時代に産まれた私は本当に幸せだと思います。
でも、幸せだと思うだけじゃなく
次産まれてくる世代に私たちが伝えなくては
いけないと思います。

そしておばあちゃんに伝えたいと思います
「ありがとう」
と。
かな
2010/07/09 16:19
かなちゃん初めまして
このブログを検索して見つけてくれたんや。
ありがとうね。

このブログを書いている風の旅人の旅人と言います。
おじさんはかなちゃんのお父さんよりもっと年上です。
年は65才で昭和20年の5月生まれです。

おじさんが生まれた日の沖縄は、アメリカ軍は沖縄の中部に上陸して、人々は南部方面に逃れていきました。

チビチリガマの写真をクリックすると大きくなりますが、そこには10才の子供も亡くなっていますね。
声を出したり赤ん坊が泣いたら見つかるので、やむを得ず赤ちゃんを殺した話なども伝わっています。

本土の中・高学生も沖縄に修学旅行で来て、ガマの見学を通して平和学習をしています。
戦争は人間同士の殺し合いですから、世界中からなくなることを願っています。

今年の4月25日にも沖縄県民大会に夫婦で参加しました。
普天間から辺野古に基地を移そうとしていますが、沖縄の苦しみは日本中の苦しみです。
基地のない沖縄を一日も早く実現するために、これからも多くの人々に話していくつもりです。

かなちゃんその時の記事です
良かったら見てね。
http://kazeoyazi.at.webry.info/201004/article_22.html


風の旅人
2010/07/09 22:09

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