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zoom RSS 小楠公が祀られている

<<   作成日時 : 2006/10/28 21:24   >>

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大楠公、小楠公と聞いて、頭にピンと来る人はかなりの歴史通。
南北朝の時代、後醍醐天皇を擁して戦った楠木正成という武士がおりました。
正成は神戸湊川の戦で戦死。

このお方は神戸の湊川神社に祀られています。

楠木 正成(くすのき まさしげ、永仁2年(1294年) - 延元元年/建武3年5月25日(1336年7月4日))は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将。Wikipedia参照

正成の息子、楠正行(くすのきまさつら)は四條畷に祀られています。

南朝方として戦い、1348年に河内国四條畷で行われた四條畷の戦いにおいて足利方の高師直・師泰兄弟と戦って敗北し、弟の楠木正時と刺し違えて自害する。

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楠正行は四條畷神社に祀られています。


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明治政府は南朝軍の一員として戦った、楠正成・正行親子の功績を高く評価して、正成を大楠公、正行を小楠公として称えています。


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この写真はお借りしています。

島本町には正成が正行と分かれた、桜井駅跡があります

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先日小楠公と呼ばれる神社に行ってきました。
神社には大きな楠が植わっており、樹齢約550年、幹の周り12mにおよぶ大木に成長し、カメラには納まりきれない大きさです。

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楠木正行とともに戦死した25人を祀った、四條畷神社です。


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この神社には楠木正成の母親の神社があります。

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御妣神社(みおやじんじゃ)

地元では楠木正行のことを、楠公さんと言って親しまれています。

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コメント(31件)

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きゃ〜〜私のような大きな大木だわ〜

550年?オオーw(*゚o゚*)w
凄いね〜大切に残していきたいですね
PAN
2006/10/28 22:14
PANさん今晩は

この楠は大きいでしょう。
比較するために本当はPANさんにでも、横に立って欲しいけど、同じくらいの太さでは、比較しようがないなあ\^o^/
風の旅人
2006/10/28 22:57
御無沙汰してます・・・

埼玉県立博物館には・・・
「太平記絵巻」の一部が収蔵されてます・・・

後醍醐天皇の即位から赤坂城落城までを描いた第一巻・・・
楠木正成と正行父子の桜井の別れや、湊川合戦・・・
新田義貞の越前金崎落ち・・・
後醍醐天皇吉野潜幸による南北朝分立・・・
越前金崎落城までのわずか一年間の出来事が描かれた第六巻・・・

残念な事に・・・
埼玉の地元に関する部分だけの展示だったので・・・
全部は見ていませんが・・・

楠公親子の決別の場所・・・
三島郡島本町と記憶してますが・・・
合併でもうない町の名なのでしょうか・・・
nio
2006/10/28 23:02
あっ、におはんに先越された。え〜〜〜〜ん。
悪党と呼ばれた赤松円心が、足利軍を僅かな手勢で
篭城して食い止めた。
楠木正成は湊川神社に祭られてますが、案外他の県には
知られていない。
河内音頭にも確か歌われてますな?
仮名手本忠臣蔵では、高師直・師泰兄弟は吉良になっとりますな?
日本人は判官贔屓やから。
お邪魔さんどした。
839
2006/10/28 23:19
nioさん今晩は

桜井駅の分かれとして有名ですが、現在の島本町です。
阪急の水無瀬駅の近くにあります。
JR東海道線からも直ぐ横に見えます。
風の旅人
2006/10/28 23:54
839はん〜湊川は兵庫県だけに、アンさんの地元や。
こんな話をしたら、ゆっくりベッドで寝てられへんやろなあ(笑)

河内音頭の一節にはこのように歌っています。

建武の昔大楠公
その名も楠木正成公
今に伝えたア・・・民謡
河内音頭と申します
聞いておくれよ荷物にゃならぬ
聞いて心も浮き浮きしゃんせ
気から病がア・・・出るわいな〜

日本人の判官贔屓!ホンマどすなあ
風の旅人
2006/10/29 00:24
風さん おはようございます
昨夜はうたたねしてしまっつて
目がさめたら 三時 起きて ごそごそ
ごきぶりみたいでしょ@@@
楠正成 正行 昔昔 小学校のときに
習った覚えがあります。もうすっかり
忘れちゃいましたけど、、、、
すごい カッコいい木ですね樹齢550年ですか
両手を広げて 話しかけている様に見えますね
又そろそろ眠くなったので、、、おやすみなさい

まさら
2006/10/29 06:26
いつも最後にこっそりと、それが好きだけど、
今朝はどうしても加わりたいっ。
子供の頃、母がよく教えてくれた歌を想い出したので。
これは毬つきの時にも歌った記憶があります。
「青葉茂れる桜井の里のわたりの夕まぐれ
木の下陰に駒とめて世の行く末をつくづくと
思う鎧の袖のえに散るは涙かはた露か」
うろ覚えです。
でも、この歌のおかげで、楠公父子の
別れのことを知りました。
後に、歴史の時間に正行の辞世の歌を教えてもらい、
この懐かしい歌と重ね合わせてしみじみとなりました。
「帰らじとかねて思へば梓弓亡き数にいる名をぞとどむる」
四条畷にはきっといつか、そう願っています。
これこそ、哀悼の念です。
昔の記憶だけがよく残り、今聞いた事はすぐに忘れる、
おお怖っ!これは老化の始まりです、はい。
レイ
2006/10/29 10:51
今、青葉茂れる桜井の〜と思い出そうと口ずさんでいたら
レイさんのコメントに歌詞がありました。子どもの頃好きで
よく歌いました。ありがとうございました。
i&i
2006/10/29 13:27
i&iさん、あら嬉しいですね、同じような記憶を
共有出来ますね。
正確でなかったらごめんなさいね。
「思う」ではなくて「しのぶ」だったかしら?
それとも.....
二番には、正行を諭して母の許へ帰そうとする
大楠公の心情が歌われていたようです。
「とくとく帰れふるさとへ」ここだけ覚えています。
レイ
2006/10/29 14:46
まさらさん今日は。

朝早くから起きてしまって大変ですね。
この後は寝たのかな?


昔はこの桜井の別れを教えましたね。
正直なところ、この話はみなさんに受けないと思っていましたが、以外や以外よくご存知ですね。
風の旅人
2006/10/29 15:20
レオさんからついに出てきたなあ

「青葉繁れる」
この歌は子供の頃よく歌いました。
昔酒を飲むと宴会芸でこの歌が飛び出した。
まあカラオケのない時代ですから、手拍子で歌ったものですよ。

梓弓の句については、吉野山の何処だったかな?
御堂ににあったのを見たことがあります。
でもこの話は40年近く前のこと。

昨年吉野山に出かけたとき、この梓弓について調べたかったが、見つからなかった。
風の旅人
2006/10/29 15:25
i&iもご存知でしたか。

みなさん覚えていますね。
それにしてもこの歌は懐かしいですね。
風の旅人
2006/10/29 15:36
レイさん
この母親も四條畷神社には祀られています。

神社の写真は撮っていませんので、近い内に撮ってきましょうか。\^o^/
風の旅人
2006/10/29 15:38
梓弓の歌は吉野の如意輪寺にあるようですね。
四条畷の写真、是非お願いします。
いつか或る日、私が行ける時がやって来るといいな。

また、正行さんの銅像は、北河内飯盛山山頂にあるとか、
きっと、凛々しくイケメンのことでしょうね。
なになに、イケメンにこだわるとはけしからん!?
ごめんなさい、でも、やはり判官ひいきとしては
仕方ないでしょ。
レイ
2006/10/29 19:34
レイさんへ
今は便利ですね。
「青葉茂れる桜井の」で検索したら「桜井の別れ」で作詞・作曲家しかも
曲まで流れています。6番までありますよ。
1度聞いてみてください。BIGLOBEで検索しました。
「桜井の別れ」では曲は流れていません。
風さん 場所をお借りしました。
i&i
2006/10/29 22:02
レイさん如意輪寺にあるのですか。
サンキュー
何時か覗きに行く機会があれば覗きに行ってきます。

飯盛山は四條畷神社の上です。
ハイキングで行けます。
頂上には確かに仏像があったなあ
しっかり見ていなかったがな(゚_゚i)タラー

四條畷の写真はオイオイアップしましょうか。
こっちに来る火があれば、私メがしっかり案内しましょう。
風の旅人
2006/10/29 23:18
i&iさん〜
歌を検索したけど、わからなかった。
今夜も近所の友人と飲みながら、楠公さんの話になりました。
「青葉繁れる」の歌知っている?と聞いたけど、知っている人は半分でした。
年齢差は余り関係ないけど、地域差があるようです。
風の旅人
2006/10/29 23:22
今日は(29日)1日歴史の勉強させて頂きました、有難うございました。
本当に風さんのブログはためになります。
近くに色々良い所があって羨ましいです。
青葉茂れる桜井の〜歌いながら(節無しで)寝ますおやすみなさい。
sayuri
2006/10/30 00:17
i&iさん
検索情報ありがとうございます。
うろ覚えのままだったので、本当に嬉しい。
落合直文の作詞だったのですね。
格調高く、それでなお情緒もあって、
ほろりとなってしまいました。
素朴な演奏でした。
わたしはBiglobeの検索では分からなかったので
Yahooで「青葉茂れる桜井の」で検索しました。

風の旅人さん、お邪魔しました。
どうぞ再チャレンジしてみて下さいね。
http://www.mahoroba.ne.jp/〜gonbe007/hog/shouka/aobashigereru.html
レイ
2006/10/30 11:23
風さん
申し訳ありませんが「貼り付けました」のコメント削除してください。
レイさんに聞いていただきましたので気が済みました。
お手数掛けます。よろしくお願いいたします。
i&i
2006/10/30 13:39
風の旅人さん&i&iさん
何度もお邪魔してごめなさい。
今、このURLで試したら、やはり難しいようです。
「まほろば」というサイトが出てきて、その中で検索したのですが、
わたしの力不足でうまくヒットしません。
このURLではなくて、最初から検索サイトで
「青葉茂れる桜井の」を打込んだ方がいいかもしれません。
お騒がせしました。でも、i&iさん、本当にありがとうございました。
ここでのよき絆に嬉しい気持になりました。
レイ
2006/10/30 14:16
sayuriさん今日は
今朝はBigのトラブルで、コメントが出来ませんでした。
それで今頃になってしまった。

江戸時代以降には、関東が歴史の舞台に登場することが多いけど、それ以前は関西中心の文化ですね。
歴史に残る建物や史跡は、関西は本当に多いですね。

こうしたものを紹介するときは、当時の歴史も参考にしながら、紹介していくと面白いですね。
風の旅人
2006/10/30 16:14
レイさん〜青葉繁れるの歌詞が出ました\^o^/
歌詞には父子の別れの情景が歌いこまれているなあ

正行は桜井の駅で父子の別れをするけど、結局四條畷の戦いで討ち死にしますね。
風の旅人
2006/10/30 16:21
i&iさん〜
削除しておきましたで。

歌詞が思い出されないと、喉に刺さった骨みたいやなあ
わかってホッといまっせ。
風の旅人
2006/10/30 16:23
学校行事で 青葉茂れる を四條畷神社で謳いました。今でもアカペラで歌えます。あの物悲しい雰囲気が何とも言えません。私の歳(57歳)で楠公父子のことを知っている方は少ないと思いますが。
 時々あの長い階段を上りお参りに行ってます。訪れる人が殆どない境内ですが、かえってそれが悲しさをそそります。
小・中は四條畷
2007/05/08 23:24
小・中は四條畷でしたか。
それで今はどちらにお住まいでっか?

57才でしたらワテより若いなあ。
楠公祭りが昨年から始まりまして、今年は2回目も終わりました。

楠親子のことについては、最近では歴史教科書にも載っていないのでは。
昔は結構人気がありましたが、今では余り語られていませんね
風の旅人
2007/05/10 16:13
その当時は鴻池に住んでおりました。四條畷にある私学に通っていました。えらくローカルな話題になりましたが。ここまで書くとだいたいお分かりでしょうが。

思想的なことは別にして にっくき尊氏 南朝支持派です。久しぶりに桜井に行きたくなりました。
小・中は四條畷
2007/05/13 23:42
鴻池新田ですか。
このブログでも鴻池会所を紹介してまっせ。
何処やったかな?

ローカルな話題も面白いでっせ。
特に最近は南北朝の話など皆目話題にもなりません。
今日は久しぶりに四条畷神社に行って来ました。
これも何かの縁でっせ。
風の旅人
2007/05/14 00:32
神戸市兵庫区門口町の福厳寺は後醍醐天皇の史跡として有名です。
また神戸の港の歴史においても重要な地位をしめます。境内には塔頭二ヶ寺、起雲庵、常牧庵がありましたが、明治後合併廃寺されましたが、名目的に方丈〔内殿〕は起雲庵と言う事になりました。また和田〔和田岬〕にあった尼寺、円通寺〔円通庵〕も現在は福厳寺に合併されています。
神戸 後醍醐天皇 行在所
2010/05/25 07:40
匿名のお方、ようこそ。
神戸の詳しい説明ありがとうございます。

なかなか史跡を巡る旅も出来ておらず、いつ以下機会があるときに訪問してみたいと思います。
風の旅人
2010/05/25 10:04

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