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zoom RSS 青森・秋田の旅 その1斜陽館

<<   作成日時 : 2006/09/14 16:10   >>

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青森秋田の旅を計画したのは1ヶ月もの長い夏休み?が終わり、後片づけもどうにか一段落した時に計画しました。

ワテの性格上、家にジッとしているのが嫌いでして、と言っても妻の顔を見るのがイヤではアリマヘンで。(゚_゚i)タラー


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 南アルプス上空より見た富士山


今回の旅の目的は西海岸を巡る五能線の旅、そして太宰治の故郷、金木町にある斜陽館を訪ねてみたかった。
この二つ観光地と美味しい話も楽しみたい。
その為には美味しい話のお相手も欲しい\^o^/

ブログで知り合った秋田・青森在住もしくは、生まれの方が4人おられまして、その4人の方の協力を得て、旅に出たわけです。

青森空港に着いたら雨が降っていました。
大阪を出る前の予報では、この4日間の旅行中の天気は最悪。
一番ましだったのは、最終日の13日の日が曇り空。

おかしいなあ
晴れ男のはずなんだけど、最初から雨降りなんて最近ないことや。
雨降りばかりだったら、初日訪れる西海岸の夕陽は絶望やなあ

予約していたレンタカーを借りて、太宰治の故郷金木町に向け出発。
天気が良ければ快適なドライブなんだけど、雨降りじゃなあ〜
一人旅の寂しさ、カーラジオでもかけるしかない。(゚_゚i)タラー

地元青森の電波より北海道からの電波が強く、北海道情報ばっかり。
時折流れる曲にハンドルも軽く、やがて金木町へ入ってきた。

交差点の入り口には大きな太宰の標識。
流石にこの町の功労者。
カーナビも付いてあるので、迷うことなく到着。


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雨もようやく小雨になって、斜陽館の写真を撮るにも有り難い。
太宰の生家はとにかくでかい家である。


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明治の大地主であった太宰治の父・津島源右衛門が建てた入母屋造りの豪邸は、当時4万円もしたという。
現在の金に置き換えると7億円もかけています。
青森ヒバをふんだんに使っており、内装も贅の限りを尽くしている造りです。


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太宰はこの家の6男として生まれ、後に小説家として文壇の登場することになった。
太宰はこの家を「苦悩の年鑑」の中で「この父はひどく大きい家を建てたものだ。風情も何もないただ大きいのである」と書いています。


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太宰はこんな事も言っています。
目の前に拡がる田畑は全部津島家の田であると。

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父親の後を継いだ長男が、国会議員に立候補するとき、この家を手放している。
その当時家の財も傾き始めていたのか田畑を売り、ついには家までも手放している。


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太宰の最後は薬物と飲酒によって、体もかなり弱っており、23年6月13日夜、富栄の部屋に二人の写真を飾り、数通の遺書を残して近くを流れる玉川上水で入水ています。
時に富栄は28才でした。

毎年太宰の死体が発見された6月19日に桜桃忌が営まれるのに対し、白百合忌というものがあります。
太宰治と彼を愛し支えた女性達(田部あつみ、小山初代、太田静子、山崎富栄)を供養する集いです。

余談ではあるが、この愛人山崎富栄は、我が故郷の出身である。


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その後没落した家を買った旅館主、この家を太宰の小説「斜陽」から、旅館名を斜陽館と名付けた。

その後旅館として46年間経営されているが、金木町は斜陽館を買い取って今日に至ります。

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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
恥ずかしながら、私はここに行った事がないのです(~_~;)

今度帰った時主人が行きたいって言ったら行ってみようかな?

モダンで立派な建物ですね、大きいしシッカリしている〜
階段もピカピカしてる。。。

なんと言っても中から見える庭が素敵ね。
PAN
2006/09/14 17:18
PANさん今晩は
斜陽館のある金木町には車で1時間ほど。
その気になれば直ぐでっせ。

話は変わるけど、「嶽きみ」はムチャ美味しいですね。
この話は後で書きますが、まれにみる旨さです。\^o^/
風の旅人
2006/09/14 18:32
風邪の旅人さんお帰りなさい。
お天気が気になっていました。やはり好天ではなかったようですね。
「斜陽館」立派な建物でしたね。行った事があります。お庭も綺麗だった記憶があります。同じ明治の建物でも我家とはえらい違いでした。
「嶽きみ」は知らなかったね。これから楽しみです。
s・s
2006/09/14 20:46
わぁ〜よかったわ〜
美味しいでしょうヽ( ´¬`)ノ

もう我が家には残ってません(/_;)

風さんに頼んで着払いで送ってもらえばよかったわ〜
PAN
2006/09/14 21:35
SSさん毎度でっす。

天気が悪かったのは初日だけです。
後は晴れ男の意地にかけて、太陽の顔を出させましたがな。

斜陽館は改装しています。
洗いをかけて綺麗になっていました。

金色の仏壇の写真がありますが、数奇な運命をたどって元に戻ってきました。
返ってきたときは煤と誇りに汚れていたらしく、金木町に一人だけいた職人さんの手によって、元の姿に戻ったと聞いています。
風の旅人
2006/09/14 22:15
PANさんが青森に行ったら、何をさておいても是非食べて欲しいと言っていた嶽きみ(だけきみ)、息子も先ほど食べましたが絶賛しています。

この美味しさをもう一度楽しみたいので、ネットで注文しました。
1本当たり100円も高いけど、青森に行くより安いのでしょうがないなあ(゚_゚i)タラー
風の旅人
2006/09/14 22:18
「斜陽館」\(*^^*)/ 一度見てみたかった所です!!
活字から 当時は 田園の広がる山あいの村って感じでしたが
随分拓けてしまったようですね^^
建物の大きさも然ることながら 障子や階段、電燈?など
田舎にしては(失礼な言い方?) かなりお洒落な造りですね〜 
ななっ、ななおく。。。(-_-;) やま源の栄華が偲ばれます。

ちなみに〜 昭和30年代の我が家は ここんちの一部屋程度の
広さでしたわ ちゃぶ台囲んで おかずが多いの少ないのって。。。
いやはや えらい違いですわ r(;++;)ぐふふっ
で、太宰の死の道行きに"シメ子"なんて女性もいたよな??  
シーちゃん♪
2006/09/15 00:33
シーちゃん今晩は

田園の拡がる風景をワテも見たかったが、周りは住宅に囲まれていました。
2階の窓からも田圃が見えましたので、追加で載せておきます。

イメージとはかけ離れていますが、ないよりなマシでしょうか。(笑)

この建物に使った青森ヒバですが、日本三大美林と言われるほどのヒバを使っています。
当時のお金持ちは凄いですね。

昭和30年代の話ですか。
我が家も似たりよったりの生活してました。
それでも今よりもノンビリしていて、楽しかったような記憶があるなあ

道行きにシメ子の名?
それはシーちゃんの若い頃の話やろ(笑)
チャイまっか\^o^/
風の旅人
2006/09/15 01:03
風の旅人様
秋風に乗って、津軽へ駈けていらしたのですね。
太宰治の世界、遠い日の切なく背伸びした少女が
戻って来るようで、どきりっとします。
まだ見ぬ土地、未知の津軽の匂い、ちょっとどき
どきしながら拝見した生家の画像です。太宰とい
う作家にはそんな危うい香りも漂います。
知らなかった、桜桃忌と共に白百合忌も...
これからは、大好きな白百合を見る時には
また違う風情を感じるでしょう。
はまゆう
2006/09/15 19:45
はまゆうさん 今晩は

いきなりドキっとした書き込みに、此方も身構えてしまいますがな(笑)
遠い昔の少女時代、太宰にかぶれたのでしょうか。

今回の旅の一番のテーマは太宰治の斜陽館訪問。
特に太宰に心酔しているわけでもないが(゚_゚i)タラー
一度訪ねてみたい土地でした。

前回この金木の町の近くを通っているのに、ツアーだったばっかりに斜陽館はスケジュールに入っていなかった。
それで何時か行くぞ〜と気合い充分に旅支度。
念願かなってやっと訪問したら雨ですわ\^o^/

太宰の私生活は白百合忌が示すように、女性に囲まれた生活ではなかったでしょうか。
5度に渡る自殺未遂、最後の死も今だ謎のまま。
こんな所に興味を引くのか、太宰の斜陽館は平日にも係わらず、大勢の観光客が来ていました。
風の旅人
2006/09/15 21:32
シーちゃんへのレスの中で、シメ子の話がありますが、シメ子は田辺あつみが本名です。
シメ子とは最初に自殺未遂を起こしていますね。
その結果シメ子一人が亡くなっています。
風の旅人
2006/09/15 21:37
風の旅人さん
 
乙女刈りの清らかな乙女(私とて昔は...)だった私には
太宰は怖い作家でしたよ。友人に「太宰かぶれ」がいて、
私はその廻りをうろうろするだけの至極平凡な子供でした。

雨もまた旅の道連れ、斜陽館に降る雨は涙かため息か、
彼を囲む女性達の念いの糸が籠る雨、
時を遡ったような気持ちになりました。
はまゆう
2006/09/16 11:07
はまゆうさんは文学少女だったんだ\^o^/

太宰の記録を読んでみると、太宰の人物像が余計わからなくなってきます。
これほど評価が別れる作家も珍しい。

太宰かぶれの友人、それはもしかして昔の彼氏?
その周りで太宰をのぞき見しては、沢山の女の影があった。(笑)

今朝の連ドラ「純情きらり」をやっていますが、この原作者は津島佑子は太宰の次女です。
風の旅人
2006/09/16 11:20
風の旅人さん
くっく、「昔の彼氏」(昔は『彼』って言ってましたね?ふる〜〜っ!)
想像の翼はそこへ飛びますか?異性への興味は尽きない泉のようにあったけど、
なにしろレトロな乙女、純情きらりの私、片思いの花ばかり咲かせていましたよ。
「怖い」には、「見たい」「知りたい」という願望が入り混じっていますね。
風旅さんの多感、多情多恨の日々はいかがでしたか?
はまゆう
2006/09/16 14:39
はまゆうさん

片思いの花ですか。
それならワテは校舎の陰から、愛しのマドンナをそっと覗いているような、柔な男でした(笑)

ワテは風が吹けばサッと流されるような男です。
余りひつこくは迫りませんよ。
泣いた涙は数あれど、泣かせた涙はないのでは(゚_゚i)タラー
風の旅人
2006/09/16 16:41

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