心の旅・遠くへ行きたい 1

アクセスカウンタ

zoom RSS 滋賀・我が田舎にふと足を止めてみた

<<   作成日時 : 2006/09/28 01:20   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 10

我が故郷の風景を撮ってみたくなったので、田舎に帰ったついでに各地を回ってきました。

風光明媚な景色などはない、何処にでもある田舎町。
一応○○市となっているが、まあ田舎ですわ。

画像


東海道線の近江八幡から、日本一運賃が高いと言われている私鉄に乗り換えると、こんなローカル駅に着く。

画像



画像


昔は瀟洒な建物だったが、今では西部劇に出てきそうな駅舎。
ケチな会社の合理化政策に、今じゃ無人駅に成り下がってしまい、待合所も勝手の賑やかさは期待できない。

画像



画像


画像


電車待ちの人達もパラパラといるだけで寂しい限り。
この地もご多分に漏れず、車社会に移行したために、電車の便も悪くなっている。

画像


それでも町そのものは、駅舎のイメージとは違って、結構賑やかになってきた。
工場を地方に進出してきたせいか、結構車が多い。

市庁舎は今は消えてしまった某党の党首として、国会で名を売った男が、市長時代に建てた時は、余りのハイカラに市民は唖然とした。

画像


子供の頃に此処で遊んだ弘法さん
この3段石段を利用して、パンエン(メンコ)をした場所。
近所の子どもたちが此処に集まってきては、夕方まで遊んでいたなあ


画像


我が町の名物は、日本で一番大きい大凧を上げる町。
昔は200畳敷きの大凧を上げた記録がありますが、最近では100畳敷きになっています。

フランスにまで遠征したほどの大凧ですから、フランス人もビックリしたでしょう。
毎年5月の最終日曜日に、この大凧が上がります。

画像



画像


湖東三山のうち、百済寺は我が町にあります。
秋の紅葉はご覧の通り、とっても綺麗ですよ。


画像


近江商人が歩いた後には、ペンペン草も生えないと言わしめた天秤の里、五個荘も我が町の一角にあります。


東に鈴鹿山脈があり、西には琵琶湖に面しています。
その中で安土桃山時代から、この地は交通の要所。
天下を治めた信長は安土城に城を築いたが、周りには六角佐々木氏と言った勢力が幅を来していた。

画像


西国札所でもある観音寺山
安土城の直ぐ近くです。

画像


聖徳太子が十三体の仏像を巨石に刻んだとされる岩戸山。


画像


この標高350mの巨岩が露出した赤神山の中腹にある神社は、地元では太郎坊さんと呼ばれており、正式名は阿賀神社あるが、誰もそう呼ぶ者はいない。
「太郎坊さん」の名で親しまれる勝運授福のお宮。

画像
この写真はお借りしました

太郎坊さんは奈良時代、最澄が京都鞍馬の次郎天狗の兄の太郎天狗の力を借りて開基したと伝えられ、本殿前にある夫婦岩は大きな一枚岩。
神力によって左右に開いたといわれ、太郎坊さんでは巨岩信仰の中心となる岩で、悪人が通ると岩にはさまれると伝えられています。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
風さん、こんばんわぁヾ(*^▽^*)〃
風さんの故郷ですか?
私は小学1年生の時、父の転勤で1年間『水口』と言う所に住んでいましたよ。随分田舎だったと思います。。。
時間ができたら幼い頃住んで居た香川県と滋賀を探索したいと思っています。思い出の場所は今も残っているでしょうか?
そうそう風さん、次女に花嫁姿をブログに載せた事バレテました(>_<)
でも、『怒ってないよ!友達ができて良かったね!!』だって。
ホッ!としましたよ(^ー^* )フフ♪
ぷー
2006/09/28 19:09
ぷーさんも子供の頃、水口に住んでいたことがあるのですか。
水口は城下町ですから、田舎でもないでっせ。(笑)

デジカメ以前に写真を撮っていますが、最近は撮っていないなあ。
何時も実家に帰るときに水口を通るので、一度水口を取材してきましょう。
想い出の地が一寸は見られるかも\^o^/
水口のどの当たりと言って貰えれば、その当たりの街並みを撮ってきますよ。
メッセージ欄を利用してメールを送って貰えると、寄り具体的になります。

娘さんは寛大やなあ
自分のことより、お母さんの友達がたくさん出来たことが、矢っ張り嬉しいのでしょう。
風の旅人
2006/09/28 19:30
今、主人から帰るコールがありました(^ー^* )フフ♪
私が水口に居たのは6歳の頃で1年間だけだったので『水口』という事しか分りません。。。
城下町だったのですか?
訪ねて見たいのですが・・・記憶に無いのではどうしようもないでしょうね。ご親切にありがとうございました(*^_^*)
ぷー
2006/09/28 20:03
ぷーさん〜水口の町は結構広いからなあ。

水口宿は遠く室町時代に、伊勢参宮の宿場町として登場していますから、昔からの宿場ですね。
江戸時代には東海道の50番目の宿場として整備されており、東京から113里、444kmの距離です。
江戸時代には加藤氏の城下町栄えています。

俳聖芭蕉翁も水口に宿泊して、「命ふたつのなかに生きたる桜かな」の句を残しています

宿場町の佇まいを今に残しており、ゆっくり訪ねてみると楽しいかも知れませんよ。
風の旅人
2006/09/28 21:14
押忍。・・いやー懐かしいなぁ・・あの駅舎は米原ですね?

周りにゃ何もない辺鄙さは相変わらずですか?

国道8号線を境に米原警察署が見えて、右手に見える仏閣は本願寺別院。

あとは・・なーんもないところよね・・

で、列車に乗り込むと・・

近江八幡方面、水口方面に分岐・・

沿線風景は殆ど田園風景ですよね。

水口辺りも特に産業も無くて、年々寂れてきてますよね・・

企業誘致も進んでないようですし・・

水口を境に、甲賀、伊賀の里へと続く・・(確か昔、歩いたことが・・)

田舎じゃけど、いい所だ。

・・お邪魔どした。

2006/09/29 16:29
この古い初駅舎は近江鉄道の新八日市駅です。
駅舎が改修される時代にあって、今尚取り残されているのは、昔使っていた石炭ストーブの匂いがするからじゃないかなあと、勝手に想像しています。

この沿線は田園風景だけ。
なんせこの湖東は近江米の産地だけに、周りは全部米米米畑\^o^/

それでも最近は開発が進み、家もドンドン建っています。
黒さんがこれだけ近江のことが詳しいのなら、もうチョッと色々と書かねばなるまいなあ
風の旅人
2006/09/29 16:45
五個荘(ごかしょう)永源寺(えいげんじ)から鈴鹿山脈を越えて、菰野
(こもの)湯ノ山(ゆのやま)へ抜ける難所の国道(?)を愛車のクラウンで四駆宜しくブイブイ奔らせてたのが懐かしく思います。
本当に最近の事のように思う。
また、これがアホかと思う位に過酷な道で・・今考えると・・
うーむ・・ワシも若かったのぅ・・と。
今の自分には出来ないアホかぃと思える思い出ですね・・

あ・それと、この辺りには「熊」は居ませんです。

いじょ。

2006/09/29 21:10
八日市から永源寺に入って、三重県側に出るコースは、R421です。
県境は1t車両までしか通れない関所があったのでは。
そこから四日市の菰野に抜け、湯ノ山に向かったのでしょう。
細い道路ですから、三重県側の道で苦労したのでは。

湯ノ山越えして菰野に入るコースは、R477でも行けます。
昔と違って道も良くなったので、4駆でなくても充分行けまっせ。

熊はいなくてもカモシカや猿はおりまっせ。
風の旅人
2006/09/29 21:42
お早うございます。
昔、竜王で仕事をしてたことがあります。
草津、守山には友人もいます。
関係ないけど、守山の湖岸道路付近と近江舞子、永原付近で
UFOも見たことがあります。
最近行かなくなったので分りませんが、記憶を辿れば・・
琵琶湖近辺では、よく未確認飛行物体を見かけました。
・・(別に気が狂った訳ではない)
あと、これも関係ないのですが・・長崎雲仙(9月頃)、岩手県久慈市
(9月頃)、茨城県高萩(9月頃)、京都府舞鶴(11月頃)、兵庫県相生
(7月頃){これは隕石ぽい}、宮崎県串間(8月頃)・・
見たことがあります。写真は撮ってません。守山付近で見たやつは・・
今まで見た中では一番鮮明で、写真も撮ったと記憶してますが・・
紛失したようです。
長崎雲仙で見たときは、目撃証人もいます。
・・なんか意識してないけど、よく見るのですよね・・
琵琶湖周辺では基本的に、冬場が狙いです。(深夜1時〜2時頃)
快晴より若干雲がある方が出現しやすいようです。
形も覚えてますよ。

おりょ?
こんなことをしている場合では・・

失礼しました。
黒(仕事モード)
2006/09/30 06:30
黒さんは琵琶湖畔でUFOを見たの?
へぇ〜それはたいしたものや。

ワテは一度も見ていないけど、黒さんはなんでそれだけUFOを見られるのかなあ
しかし見た時間が深夜の1時や2時では、普通の人は見られないなあ
一度見てみたいものや。
風の旅人
2006/09/30 09:02

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
滋賀・我が田舎にふと足を止めてみた 心の旅・遠くへ行きたい 1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる