心の旅・遠くへ行きたい 1

アクセスカウンタ

zoom RSS 鹿児島・知覧・神風特攻隊で散った若者たち

<<   作成日時 : 2006/07/01 23:30   >>

驚いた ブログ気持玉 214 / トラックバック 0 / コメント 22

画像



薩摩半島を南に向かって走ると知覧の町に出る。
山に囲まれた何処にでもある町だが、この町から61年前に17才から20才くらいの若者が、沖縄洋上の米艦隊に向け飛び立って行った。
そして再び帰らぬ人となって、海に散って逝った。


画像


知覧の町を訪れると、道の両側に灯籠が並んでいるが、それは海に散って逝った若者たちの数だけあります。

灯籠が並ぶ道をたどっていくと、知覧平和会館に着く。
この会館について書いている文章があるので紹介したい。

画像


知覧特攻平和会館について

この特攻平和会館は大東亜戦争末期(戦後は太平洋戦争ともいう)、沖縄決戦において特攻という人類史上類のない作戦で、爆弾搭載の飛行機もろとも肉弾となり、一機一艦の突撃を敢行した多くの特攻隊員の遺品や関係資料を展示しています。
 
 私たちは、特攻隊員たちの崇高な犠牲によって生かされ国は繁栄の道を進み、今日の平和日本があることに感謝し、特攻隊員のご遺徳を静かに回顧しながら、再び日本に特攻隊をつくってはならないという情念で、貴重な遺品や資料をご遺族の方々のご理解ご協力と、関係者の方々のご尽力によって展示しています。

 特攻隊員たちが帰らざる征途に臨んで念じたことは、再びこの国に平和と繁栄が甦ることであったろうと思います。この地が特攻隊の出撃基地であったことにかんがみ、雄々しく大空に散華された隊員の慰霊に努め、当時の真の姿、遺品、記録を後世に残し、恒久の平和を祈念することが基地住民の責務であろうと信じ、ここに平和会館を建立した次第であります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
画像


入り口を入ると直く横には、映画「月光」で紹介されたフェペルのピアノが置いてある。
特攻隊の兵士が出撃する前に小学校を訪れて、出撃する前に一度弾かせて欲しいと願い出て、弾いたのがベートーベンの月光でした。

その曲を弾いた兵隊は数日後に沖縄沖に出撃して帰らずになっています。実話として今も語り継がれており、その時弾かれたピアノはドイツ製で日本で2台?しかないものでした。

画像


この写真はお借りしました

知覧特攻平和会館の館内に入ってまず目にはいるのは、1,036柱の隊員の遺影が出撃戦死した月日順に掲示されている。
まだ少年の幼顔を残した若者の写真を目にすると、どうしても我が子と置き換えて見てしまいます。

17才で若くして亡くなった青年が前日撮影した写真もありましたが、思い詰めた悲惨な顔ではなく、明るく笑っていました。
17才という若い命を、天皇陛下のために散って逝った戦争、本当に憤りを覚える。

画像
出撃前に泊まった三角兵舎

我が子にもし出撃命令が出たとき、笑って送り出せるでしょうか。
とてもじゃないけど平静な気持ちではいられない。

画像
三角兵舎内部

写真の下には彼らが家族に残した遺書や手紙、辞世の句もあります。
妹宛に父母をよろしく、お母さん宛の手紙など読んだら、もう涙が止まらない。

この知覧特攻平和会館は、修学旅行の生徒がたくさんやってきます。
館内にはボランティアの係りの人がいて、詳しく話してくれますが、聞いていてすすり泣きの声を上げています。

画像


飛び立った飛行機が無事に帰還したのは、一割にも満たないとか。
亡くなった方は、全都道府県全てと樺太、朝鮮、サハリンの出身者からもありました。

飛び立つ2時間前に書いた遺書等が展示されており、涙を流す人が多かった。

戦争は本当に愚かなことです。
若者死に追いやる戦争は、絶対してはならないと強く感じました。

画像


知覧には武家屋敷があります。
島津家の分家で、琉球貿易の基地として栄えており、武家屋敷も琉球の影響を多く受け入れています。

画像


町並みの凄く給麗ですからここも見逃せないところ。
武家屋敷群に入るのになぜか入場料がいる。
7軒の家が庭を見せてくれ、そのうちの6軒が枯山水庭園で、残る1軒だけが水を入れた庭園です。

画像


どの庭園も模とツツジ植えて大きな石組みで組み立てられており、借景もあって大きさを感じさせてくれる見事な庭園です。

画像


知覧の旅は平和について考えることが出きるので、多くの方に見て欲しいところです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 214
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)
かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い

コメント(22件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
戦争で死んだ人も残された人も可哀想だという言葉では言い表せない苦しみがあったでしょう。
戦争がなくなる世界が早く来るといいです。

今度ブログ名を「甘柿&渋柿」
ニックネームを「あづき」に変更しました。
改めて今後ともよろしくお願いします。
「がんも」改め「あづき」
2006/07/02 09:04
あづきさんになったんや。
がんもさんの名前も可愛いいので好きやったんだが、何処かの県の方言では・・・・(゚_゚i)タラー

あづきさん了解しました。

今尚戦火の中で逃げまどう人々がいます。
戦争のない世界が来る日が待ち遠しいですね。
風の旅人
2006/07/02 09:52
 九州はよく知らない私ですが、ここばかりは2度も行っているのですよ。と云うのは「知覧」は九州でもお茶の産地です。彼らが出撃して行った滑走路は今、広大な尾茶畑になっています。
 そんなかかわりがあるのでで交流がありますから、私の地域の人も町の観光業者も絶対ここへ行くことになってます。行く度に涙をこぼして帰ります。それは「男たちの大和」を見た時と同じ心境でしたね。
 でも、夜の指宿で忘れて帰りますが…そいで、また新鮮味がある…ということなんですよ。
たそがれ
URL
2006/07/02 10:33
たそがれさん毎度〜
知覧茶で有名やなあ
この町を走っていると、知覧茶の看板をよく目にします。
朝宮も茶の産地だけに、交流があるんですね。
指宿の夜で知覧の感動も、すっかり洗い流すのですか(笑)

知覧は2度行かれましたか。ワテは3度行っていますが、何度行っても感動しますね。
風の旅人
2006/07/02 13:28
知覧平和会館にはいってますが武家屋敷は寄っていないのでこれだけ詳しく書いてくださるとよく判ります。写真のみでなく文章もいつも立派で見て来た気分になります。
i&i
2006/07/02 13:42
i&iさん今日は
全国に武家屋敷の街並みが保存されているところは、数多くありますが、この知覧が一番綺麗な町ではないかなあ

又行く機会があれば、直ぐ横ですから見学されると良いですよ。
風の旅人
2006/07/02 17:14
6月5日会館に行きました。
若者たちの父母にあてた手紙を読むと、涙が流れてなりませんでした。
20歳ごろの娘さんも涙を流していました。
戦争の悲劇です。2度と繰り返してはいけません。
先日 映画「ほたる」のビデオを借りてきてみました。
知覧特攻のことが映画化されています。また涙しました。
むつごろう
2006/07/02 19:03
なんか胸が苦しくなるような感じになりました

今は物騒だとか昔は幸せとか言うけど
このような記事を拝見すると
こんなに辛く悲しい事があったんですよね。

ピアノが凄く重く感じました。
PAN
2006/07/02 19:27
むつごろうさん今晩は

戦争に反対する者も、戦争に賛成だった者も、みんなここを訪れて欲しいと思っています。

此処に入ったら、如何に戦争が惨かったことが実感できます。
靖国問題が論じられていますが、靖国に祀られても彼らは帰ってきません。

お国のためと言われて戦場に送り出された若者、送り出した側の責任を感じて欲しい。
風の旅人
2006/07/02 21:11
PANさん今晩は

ベートーベンの月光を弾いた話は実話です。
出撃する前に、青年が学校のピアノ室を訪れて、この月光を弾かせて欲しいと頼のみました。

そして月光を弾いた後、礼をして静かに教室を去って行きました。
月光の曲にまつわる話ですが、いつかこの曲を聴く機会があれば思い出して欲しいなあ。
風の旅人
2006/07/02 21:17
写真を見ていると、今私は こんな贅沢をしてもいいのか?と何度も思います。最近わ中学生の自殺が多いですが自らの命をそう簡単に落としてしまっては特攻隊の皆さんに、とても失礼であると思います。そういえば、皆さん知ってましたか?特攻隊って実は上官に麻薬を打たれて突入したんですよ。
新宿中
2006/11/14 14:58
新宿中さんいらっしゃい

中学生の自殺が、今社会を賑わせていますね。
命をもっと大切にして欲しいものです。
生きる勇気も必要です。

特攻隊員と麻薬の話は初めて聞きました。
あり得る話かも知れませんね
風の旅人
2006/11/14 15:30
明日から鹿児島に行きます。
23日には23歳の娘と知覧に行く予定です。行く前から涙してます。
二人でいろんな事 感じる旅になると思います〜。
たーたん
2006/11/21 13:24
たーたんさん いらっしゃい。

今沖縄から帰ってきました。
市が主催する平和ツアーでした。

今回の沖縄の旅は、通常の沖縄戦跡ツアーでは行かないところを中心に、回ってきました。
知覧から飛び立った特攻隊の青年達は、沖縄洋上で打ち落とされ、命をなくしています。

たーたんさんが今回知覧に行かれるのも、何かの縁ですね
あの悲惨な戦争のため、若くして散って逝った青年達、その写真や遺書などが展示していますが、涙無しでは見られません。

戦争に付いてどう思うかは人それぞれですが、知覧に行ってあの戦争は何だったのかを、みんなで見つめて欲しいと思っています。

たーたんさんの親戚縁者の方で、犠牲に成られている方がおられるのでしょうか?

是非とも心に残る旅にしてください。
良かったら感想など書いて貰えると、嬉しいですね。
風の旅人
2006/11/21 22:29
23日、娘と知覧に行ってまいりました。その日の知覧は暴雨で、より一層感慨深い気持ちになりました。
平和記念館の中で沢山のお話を聞き、沢山の写真・手紙を見学しました。
「今から突撃し、自分は死んでしまう」という状況の中、どの若者も活き活きとした表情をしており、国や親・兄弟への愛情を感じました。
「自分の苦しみによって残された人々の希望につなげることができたら・・・」という感情が伝わり、当時この様な若者の尊い命が犠牲になった上で今の平和な日本があるのだということを痛感しました。

気が付くと、雨があがり外は青空が広がっていました。

心に残る旅になりました。
たーたん
2006/11/28 09:43
たーたんさん知覧に行ってこられたんですね。
遠いところなのでお疲れさまでした。

知覧の平和記念館は本当に素晴らしい記念館です。
思想信条を問わず、誰もが一度訪ねて欲しいところだと思っています。

若くして逝った若者達の無念、送り出したもの達の悲しみ、戦争を今も美化している役人や政治家たち、お国のために死ぬんではなく、お国のためにに生きるべきだったのではないかなあ。

戦争は避けねば成りません。
あの戦争では多くの人を失っています。
今平和が守れているのは、国が交戦権を放棄した憲法九条があったからじゃないでしょうか。

心に残る旅になったと聞いて、本当に良かったですね。
風の旅人
2006/11/28 10:00

はじめまして。

僕の祖父も神風特別攻撃隊だったと幼少の頃より祖母からよく話を聞いていました。

1969年生まれの僕には、その時の悲惨な状況は全く想像もつきませんが、終戦直後の飲まず食わずの生活も祖母の話でよく話の中に出ていました。
母方の実家は江東区深川にあり、僕が小学校低学年まで銭湯を営んでいた、そしてこの深川地域はまさに60数年前、東京大空襲により下町全体が火の海と化した場所であったようです。

今では近くに高層ビルが立ち並び、その時の悲惨さを伝えるような面影すらありません。

話を聞いた当時はただ驚きだけでありましたが、今改めて考えるといわゆる特攻は作戦だったのか・・・非常に疑問だらけです。
ただ、僕達に出来る事は60数年前にこの日本で戦争があり数々の悲惨な事が実際に起こっていた事実を受け止め後世に伝えていくことだと思います。

戦争の経験も実情も特攻も戦争について何もわからない僕でも出来る事だと思っております。

世界人類が平和でありますように・・・

皆様の御健闘と御活躍を心より願っております。

失礼致します。
神風特攻隊の祖父
URL
2007/12/26 16:35
風の旅人さんのブログへお邪魔するきっかけとなった記事のところまで来ました。

↑の「神風特攻隊の祖父さん」のところも見てきてお母さんに宛てて書いた手紙のところで涙が出てきました

こういうとき、息子ってお父さんにではなくお母さんに書くものなんですね・・・

お父さんって影が薄い?(笑)
キウイ
2008/10/02 18:56
神風特攻隊の祖父さんへ 大変失礼しました。
1年も前のコメントに今頃返事を書くことをお許し下さい。
全然気が付きませんでした。

お祖父さんが特攻隊でお亡くなりになっておられたのですか。
身内に特攻隊の関係者の方がおられた方のコメントが貰えるとは、本当にビックリです。

URLがあったのでHPを拝見しました。
お祖父さんの最後の様子が詳しく描写されており、遺言まで書いておられますが、本来はこういった場に公開されるものではないので、驚きました。

24才の若さでお国のために散ってしまわれた命、本当に残念でなりません。
二度とこんな悲惨な戦争がないよう、後世に伝えていきたいですね。
風の旅人
2008/10/03 00:25
キウイさんのお陰で1年前のコメント落ちを発見しました。
身内で特攻隊に行かれた方のコメントだったのに、放っておいたのは大変失礼をしてしまいました。

死を覚悟するとき、やっぱり生んでくれたお母さんが頭に思い浮かぶのではないでしょうか。
その点では父親はダメですね。
風の旅人
2008/10/03 00:28
戦争の事実が段々と若者の意識の中で薄くなっております。被爆国である日本が、世界に訴えていかなくてはならないことだと思います。
元航空自衛隊員
2010/03/31 23:01
元航空自衛隊員さん〜ようこそおいでやす。

世界の各国で今尚戦争が途絶えません。
戦火で市民を巻き添えにしており、苦しむのは結局は弱いものです。

ベトナム戦争に参加したアメリカの帰還兵の中には、今尚精神的にも苦しんでいる人たちがいるそうです。
本来なら健康な若者だったはずなのに、戦場に送り出されることで体も心も傷ついて帰ってきています。

戦争からは何も生まれません。
命のやりとりをするために、若者が戦場に送り出されるのは、絶対に避けなければ行けないと思う。

コメントにあるように日本は世界で唯一の被爆国です。
平和について、核の恐ろしさについて今こそ世界に発信すべきと考えますね。
読んでいただきありがとうございました。

風の旅人
2010/03/31 23:15

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
鹿児島・知覧・神風特攻隊で散った若者たち 心の旅・遠くへ行きたい 1/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる